2022年1月4日、ブラックベリーの旧OS向けサービスが停止しました。対象端末は電話やメッセージ、緊急通報まで使えなくなり、スマホ黎明期の象徴は静かに幕を閉じます。
かつて大統領や経営者が愛用した端末のシェアは、ほぼゼロまで落ちました。キーボードという武器を持ちながら、なぜ勝負に負けたのかを追います。

全米で支持されたキーボードの強み
ブラックベリーは2003年ごろに発売されたメール端末で、物理キーボードの打ちやすさが武器でした。画面を見ずに打てる点が、法人利用者に支持されます。
2009年から2010年ごろのピークには、世界のスマートフォン市場で約20パーセントを握りました。年間販売台数は5000万台を超えています。
2007年のiPhoneをどう見ていたか
2007年1月にiPhoneが発表された当時、ブラックベリーは急成長の真っただ中でした。社内では、脅威と見なす声は少数派でした。
創業者のマイク・ラザリディスは、ガラス越しのタッチ入力に反対していました。物理的な手応えのないキーボードを快く思っていなかったと報じられています。
側近のラリー・コニーは、当時のiPhoneについて「安全ではなく、電池の減りが速く、キーボードもひどい」と評価しました。この証言は2015年刊行の著書で明らかになっています。
タッチ画面への対応が遅れた理由
2007年6月、通信大手ベライゾンはBlackBerryにタッチ画面の「iPhoneキラー」開発を打診しました。しかし結果として生まれたStormは、操作の重さから不評に終わります。
Stormと後継機は売れず、反撃は後手に回りました。タッチ操作に合わせたOSとアプリがそろっていなかったためです。
キーボードを残したまま売却交渉へ
2013年1月、同社はBlackBerry 10と全面タッチのZ10を発売します。ラザリディスは取締役会でキーボード端末を先に出すべきだと主張しましたが、受け入れられませんでした。
最終的にキーボード付きのQ10はZ10の後に回されました。市場はすでにタッチ画面へ移っており、Z10は期待したほど売れません。
アナリストは「タッチ画面が欲しい人はすでに他社へ移った」と指摘しました。キーボード支持層と新規顧客のどちらも取り込めない結果になります。

ハード終了と2022年のサービス停止
2016年9月、ブラックベリーは自社でのハード開発を終了し、端末は他社に委託すると発表しました。同年12月には中国のTCLとブランドライセンス契約を結びます。
TCL製端末も2020年8月で販売を終えました。その後、旧OS向けサービスの終了が2022年1月4日に実施され、通話やメッセージが使えなくなりました。
端末販売のピークは2011年で約5200万台でした。2016年10月から12月期のシェアは0.0パーセント、販売台数は約20万台まで落ちています。
顧客の期待を読み違えた代償
ブラックベリーの失敗は、キーボードが不要になったからではありません。キーボードを求める顧客を守りながら、新しい顧客層を取り込む順序を誤りました。
一方で、キーボードへの需要は今も残っています。同社はキーボードの特許を他社へライセンスする道を選びました。武器を捨てるのではなく、使い道を変えたのです。

最後に: 定番の強みが弱みに変わる時
ブラックベリーのキーボードは、長く愛された定番の強みでした。しかし市場の前提が変わると、同じ強みが変化への足かせに変わります。
競合を見張る目的は、その変化の瞬間を早く捉えることです。自社と競合の前提がいつ崩れるかを、発表と数字の両方から確かめておきましょう。
