2023年12月20日、東芝は東京証券取引所での上場を終えました。1875年創業、1949年上場。74年間、市場から資金を集め続けた会社が、投資ファンドの傘下で非上場企業になったのです。
この記事では、東芝が再編に追い込まれてから上場を離れるまでの経緯を、公開資料で確認できる事実だけでたどります。事業の広げ方と、会社を監視する仕組みの関係を一緒に見ていきます。

1875年創業の総合電機メーカー
東芝のルーツは1875年にさかのぼり、当初は時計やからくり人形を作る会社でした。白熱電球や変圧器のメーカーなどと合併を重ね、家電から原子力まで扱う総合電機メーカーに育ちます。
東京証券取引所が再開した1949年5月に株式の取引を始めました。戦後の復興と高度成長を、電球、テレビ、パソコン、発電所の設備という形で支えた会社です。
2015年の不正会計が突きつけたもの
2015年、東芝は2015年3月期までの6年間で利益を1500億円以上過大に計上していたと公表しました。会計への信頼は失墜し、課徴金73億7000万円は当時として過去最高額になります。
問題の背景には、原子力子会社ウェスチングハウスの損失を先送りしていたことがありました。会社をチェックする内部統制が機能していなかったのです。
ウェスチングハウス損失と債務超過
2016年度にはウェスチングハウスの損失が表面化し、東芝の自己資本比率はマイナス13.0%まで落ちました。債務超過に転落し、上場廃止の基準に触れる寸前まで追い込まれます。
損失の規模は7000億円と報じられ、会社を残すには資本を集め直すか、事業を売るしかない状況でした。原子力という成長事業への投資が、一転して最大の重荷になります。
2017年11月、東芝は6000億円の第三者割当増資を決議しました。2018年3月末までに債務超過を解消しなければ上場廃止になるという期限を意識した資金調達でした。

東芝メモリ2兆円売却という決断
再建の柱は、稼ぎ頭だった半導体メモリ事業の売却でした。東芝は2018年6月1日、東芝メモリの全株式をベインキャピタルを軸とする連合へ譲渡し、約2兆3億円を受け取ります。
東芝は売却先へ3505億円を再出資して議決権の40.2%を残し、2019年3月期には約9700億円の売却益を計上する見込みでした。財務は急速に改善します。
ただし、半導体メモリ事業は2018年3月期の連結営業利益の約9割を占める稼ぎ頭でした。事業を失った東芝に残ったのは、原発を含むインフラ事業とデジタル事業です。
JIP買収から上場廃止までの道
2021年、東芝は英投資ファンドCVCから買収提案を受けて拒否し、その後、会社を3分割する案を発表しました。計画は数カ月で2分割案に変わり、実行されないまま経営の混乱が続きます。
2023年、日本産業パートナーズ(JIP)を軸とする国内連合が公開買付けを実施し、東芝株の78.65%を取得しました。買収額は約2兆円に達し、非上場化が決まります。
2023年11月22日の臨時株主総会で株式併合が承認され、東京証券取引所は12月20日の上場廃止を決定しました。ここで74年にわたる上場の歴史が終わります。

最後に: 競合の変化を定点で見る
東芝の失敗は、事業を広げたことそのものではありません。広げた事業を監視する仕組みが追いつかず、損失の先送りを許したことが再編を大きくしました。
競合の変化も、決算やニュースとして表に出るころには手遅れのことがあります。資本の動きや事業の入れ替えを定点で見る習慣が、前提が変わったことに早く気づく助けになります。
