ノキアは2007年、世界の携帯電話市場で約40パーセントのシェアを持っていました。スマートフォンに限れば、ほぼ半分を握る圧倒的な首位でした。
そこから6年で、スマートフォンのシェアは3パーセントまで落ちます。何が起きたのか。公開資料からノキアの判断ミスを整理します。

2007年、ノキアは世界の頂点にいた
ノキアは1987年に携帯電話事業へ本格参入し、1998年にモトローラを抜いて世界首位になりました。2005年には累計10億台を販売しています。
2007年の市場シェアは約40パーセント、時価総額は1500億ドルに達しました。ブランド力も技術力も、この時点では世界一でした。
iPhone登場後に起きたスマホ覇権の交代
2007年1月、スティーブ・ジョブズがiPhoneを発表しました。同じ年、ノキアのスマートフォンシェアは49.4パーセントでピークを迎えます。
その後は43.7、41.1、34.2パーセントと毎年下がり続けました。2013年上半期には3パーセントまで落ち込みます。
スマートフォンの主戦場は、ハードの性能からOSとアプリの数に移っていました。ノキアが得意としていたのは、前者でした。
Symbian依存が招いた開発の遅れ
ノキアのスマートフォンは独自OSのSymbianで動いていました。BBCは、Symbianがタッチ操作やアプリ提供の競争に対応しきれなかったと伝えています。
アナリストは「ノキアはソフトウェアの重要性を見落とした」と指摘しました。ハードの作り込みに強みを持つほど、ソフトの遅れは見えにくくなります。
MeeGoのN9はなぜ売り出せなかったか
ノキアはLinux系の新OS MeeGoも開発していました。2011年6月に発表したN9は、全面タッチ操作の端末として高い評価を得ます。
しかし発表の4か月前、ノキアはMeeGoの縮小とWindows Phoneへの転換を決めていました。開発者の多くも去り、N9は最初で最後のMeeGo端末になります。
技術メディアは、N9は1年遅く、販売計画も曖昧だったと評しました。良い製品を作っても、プラットフォームの継続性がなければ売れません。

マイクロソフトへの売却とその代償
2011年2月、スティーブン・エロップCEOは社内文書で「燃えているプラットフォームに立っている」と述べました。数日後、マイクロソフトとの提携を発表します。
2013年9月、ノキアは端末事業をマイクロソフトへ売却しました。事業37億9000万ユーロと特許16億5000万ユーロ、合計54億4000万ユーロの現金取引です。
売却により、端末事業と約3万2000人の従業員がマイクロソフトへ移りました。ノキア本体には通信設備事業などが残ります。
競合監視は技術トレンドの転換点を見る
ノキアの失速は、競合の技術が自社の強みを無意味にする典型例です。iPhoneは通話品質ではなく、操作体験とアプリ経済で勝負していました。
競合の新製品を見るときは、スペックの比較だけで終わらせないことです。利用の前提を変える発表かどうかを、資料から読み取る必要があります。
提携や採用の動きも手がかりになります。ノキアとマイクロソフトの提携は2011年2月に公表され、売却まで2年半でした。

最後に: 強い会社ほど転換は難しい
ノキアの失敗は、無能な経営者が引き起こしたものではありません。成功した仕組みを捨てる決断が、どれほど難しいかを示す事例です。
競合が転換点に差しかかっているかは、決算の数字より先に、発表資料や採用情報に表れます。小さな違和感を記録することが、変化の見張りになります。
