2024年5月14日、シャープは大型液晶パネルの生産から撤退し、事業の売却を検討すると発表しました。2009年に約4300億円を投じて世界最大級の堺工場を稼働させてから、15年目の決断でした。
この記事では、液晶事業が成長を支えた時代から、価格競争に揺られて撤退するまでの流れを公開資料でたどります。投資、提携、そして2026年に起きた売却不成立までを整理します。

液晶はシャープを世界企業に押し上げた
1990年代後半、当時の町田勝彦社長は国内のテレビをすべて液晶に置き換えると宣言しました。ブラウン管からの置き換え需要を取り込み、液晶がシャープの看板事業になります。
三重県亀山市の亀山工場で生産したテレビは「亀山モデル」として世界市場を席巻しました。液晶テレビ「アクオス」と合わせ、液晶のシャープという評価を確立します。
当時、国内のテレビ市場はブラウン管から液晶への転換期にありました。先行して投資したシャープは、液晶テレビの販売を大きく伸ばします。
2009年、堺工場に約4300億円を投じた
2009年、シャープは大阪府堺市に当時としては世界最大で最先端の液晶パネル工場を稼働させました。投資額は約4300億円に達します。
しかし、韓国メーカーとの競争が激しくなり、パネルの価格は下落しました。巨額の投資は回収の見込みが立たないまま、経営を圧迫します。
堺工場はテレビ用パネルの大量生産を前提にした巨大投資でした。需要の伸びが想定を下回れば、固定費が重くのしかかります。
2012年、鴻海と資本・業務提携した
2012年3月、シャープは台湾の鴻海精密工業と資本・業務の両面で提携しました。堺工場で生産する液晶パネルの最大50%を鴻海が引き取り、共同で運営します。
鴻海グループの出資比率は増資後に9.88%となり、日本生命を上回る実質的な筆頭株主になりました。コスト競争力を取り込む狙いがありました。

2016年に鴻海の傘下で再建を選んだ
2016年4月、鴻海とシャープは買収の正式契約を結びました。出資額は3888億円で、鴻海は議決権ベースで約66%を握る筆頭株主になります。
国内の大手電機メーカーが海外企業の傘下に入るのは初めてでした。シャープは鴻海の購買力と生産ノウハウを使い、再建を目指します。
2024年、液晶パネルから撤退した
2024年5月14日、シャープは液晶パネル事業の売却を検討し、堺ディスプレイプロダクトの生産を9月末までに停止すると発表しました。中小型パネルも段階的に縮小します。
2024年3月期の最終損益は1499億円の赤字でした。ディスプレイデバイス事業は売上高6149億円に対し832億円の営業赤字で、他事業の利益を打ち消していました。
鴻海の傘下に入った後も、液晶はシャープの主要事業であり続けました。しかしパネル価格の下落が続き、投資を回収する道筋は見えません。
亀山第2工場の売却は不成立になった
2025年5月、シャープは中小型パネルを生産する亀山第2工場の鴻海への売却方針を発表しました。しかし2026年2月10日、液晶パネルの価格見通しを理由に売却は不成立になります。
第2工場は2026年8月をめどに生産を停止し、約1170人の希望退職が募集されました。構造改革費用として149億円を見込んでいます。
シャープは工場の跡地をデータセンターなどへ転用する検討を進めています。液晶用の設備を別の産業に使い替える動きです。

最後に: 強みは環境が変われば弱みになる
液晶はシャープを世界企業にしましたが、同じ液晶が経営を苦しめる原因にもなりました。強みは、市場環境が変われば簡単に弱みに反転します。
競合の投資や価格の動きは、自社の強みが通用するかを教えてくれます。定点で見続けることが、撤退や転換の判断を早める助けになります。
